メディカルチーム医療者ブログ

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医師

2024.11.15

腹腔鏡手術の導入

きっかけ

2022年6月頃。カンボジアでも、富裕層向けの私立病院を中心に、腹腔鏡手術が拡がり始めていました。
当院では、腹部手術はすべて大きな切開(開腹)で行っていました。日本では腹腔鏡が当たり前の胆石手術(胆嚢摘出術)も開腹でした。
普段は10cm前後の小さめなキズで胆嚢摘出術を行っていましたが、肥満体形の患者さんだと視野が深くて大変苦労していました。あるとき、かなりふくよかな患者さんがいました。手術で苦労するのが目に見えたため、はじめから20cmの大切開で手術を行いました。手術が終わって、さすがにちょっと開けすぎたかなと思っていると、たまたま吉岡先生にそのキズを見られてしまいました。
「なんぼカンボジアいうても、胆石でこのキズは大きすぎるんやない? 松永先生、ウチでも腹腔鏡を始めませんか?」
全体会議でも腹腔鏡導入が話題に上りました。
「2~300万円あれば中古か何かでなんとかなるやろ。見積もりしてみて。」
業者と交渉し、なるべく安い器機を選びましたが、答えは「1600万円」の返事。
そんな大金はどこにもありません。
話はここで終わった・・・かに見えました。

吊り上げ式腹腔鏡手術

私は半年ごとにカンボジアと日本(北海道、北見)を行き来しています。
帰国後、いつも支援してくれている手稲渓仁会病院の外科部長、安保先生と飲んでいると、「札幌に吊り上げ式腹腔鏡手術の名手がいる」との情報を得ました。
現在、腹腔鏡手術のほとんどは、炭酸ガス(CO2)を腹腔内に送気して(気腹式)、手術操作用のワーキングスペースを確保しています。これは非常に有効な手段ですが、気腹装置やCO2ボンベ等が必要なうえ、手術中CO2が漏れないよう気密性を保つための機材はディスポーザブルです。吊り上げ式ならこういったものが要らなくなるため、大幅なコスト削減がはかれることになります。

早速、”吊り上げ式腹腔鏡”の名手、札幌外科記念病院(当時)の倉内先生を訪ねました。
先生はこれまで吊り上げ式腹腔鏡手術1000例の経験をお持ちでしたが、最近は年齢的事情で手術を控えるようになっていました。休日の病院ロビーで二人で話をしていると、何と、その場で、吊り上げ式の器材を全部わたしに譲ってくれることになりました。

「吊り上げ式は発展途上国でこそ力を発揮すると以前から考えていました。カンボジアで是非役立ててください。」

倉内先生の語り口は穏やかでしたが、当事者の私が追い越されるほどの熱い情熱を感じました。
吊り上げ式でコスト削減できれば腹腔鏡手術が実現するかもしれない。

私が医者になった30年前は、腹腔鏡下胆嚢摘出術が日本で始まったばかりでした。その後あらゆる手術が腹腔鏡で行われるようになり、さらにはロボット手術の急速な拡がり、最近は遠隔手術まで可能になって来ています。
今後、カンボジアにもその流れが来ることが予想されます。カンボジア人医療者にとって、いまこの腹腔鏡手術の経験が、とんでもない未来につながる可能性もあり得ます。
是非とも腹腔鏡手術を実現させたいと思いました。

一方で私は、「腹腔鏡機器をそろえるなら、手術だけではなく、胃カメラや大腸カメラにもつなげられる機器を選びたい」と考えていました。
JHCMCには内視鏡器機(カメラ)がありません。胃癌や大腸癌は、進行して症状がひどくなってから見つかることが多く、手術しても手遅れの場合が多いです。
腹腔鏡手術と同時に内視鏡検査も出来るようになれば、患者さんはもちろん、カンボジア人医療者側にも大変なメリットになります。
しかしこの考えが、次の1年を棒にふる原因となったのです。

甘かった目論見

2023年4月カンボジア入国。
既に腹腔鏡を導入しているプノンペンの病院に見学に行ったり、機器導入に向けて業者数社と交渉しました。
交渉は英語で行われるのですが、私の英語力では全くついていけず、全部話が終わったあと、同席した神白院長に「結局彼らは何を言いたかったのですか?」などと質問してドン引きされたりしました。

わたしは、一貫して「腹腔鏡と内視鏡」両方つなげられる機械 を主張していたのですが、どうやら機械の専門化、細分化が、時代の流れのようで、両方つなげられる機械はどんどん製造されなくなっていました。両方つながる機械にこだわっているうちに話は停滞し、半年間が過ぎてしまいました。
この半年間で分かったことは、カンボジアに来てから交渉しているようでは実現には間に合わないということでした。
メールを送っても返事が来るのは1か月先だったり、カンボジアのゆったりとした時間の中では半年など瞬く間に過ぎてしまいます。
2023年10月、失意の中で帰国しました。

「発注から到着まで4か月」

昨年の反省から、日本にいるうちに出来るだけ準備することにしました。
腹腔鏡・内視鏡両方の話はあきらめ、腹腔鏡導入に専念することとしました。
腹腔鏡手術で使用する鉗子、ポート類は、たくさん寄付をいただきました。なかでも北大消化器外科Ⅱの一年後輩、倉島先生から大量の鉗子をもらいました。彼とは一緒に働いたことはありませんが、以前からネパールで医療支援活動を行っていて、私の呼びかけに誰よりも親身に対応してくれたのでした。

今回の腹腔鏡導入の話をする上で、決して欠かせない人物がもう一人います。
JHCMCでエンジニアとして活躍している大江さんです。
彼は非常に寡黙で控えめな男ですが、上下水道、エアコンから医療器具にいたるまであらゆるモノの修理を的確にこなすのみならず、現地企業との交渉まで担うスーパーマンです。最初に彼に会ったとき腹腔鏡は実現出来ると思いました。

私の日本滞在中、腹腔鏡機器購入の話は総額700万円でまとまりました。「一日でも早く発注した方がよい」という彼の言葉に従って、2024年3月に発注しました。
それから2カ月後、5月に私はカンボジア入りしました。しかし、腹腔鏡機器が届いたのは7月でした。
発注から到着まで実に4ヶ月もかかったのは、いわゆる〝カンボジア時間〟を差し引いても想定外でした。

滅菌問題

7月に機器が到着し、腹腔鏡手術に必要なものはそろったのですが、手術を始めることは出来ませんでした。その理由は機材の滅菌法です。
腹腔鏡機器の購入を決める際、現在JHCMCにある滅菌器(オートクレーブ)ですべて機材の滅菌が可能との説明を受けていました。ところがいざ届いてみると、もっと高性能なオートクレーブ(プレバキューム付き)でなければ滅菌できないと言ってきたのです。滅菌できなければ手術で使えません。

しかし、ここで、「言った」「言わない」を蒸し返しても時間の浪費でしかないことは、カンボジア4年目となればわかることでした。
実は、腹腔鏡の件がなくてもJHCMCで新しいオートクレーブを買おうという話が前から出ていました。腹腔鏡機器に比べれば値段も安く、これを機会にプレバキューム付きのオートクレーブを発注することにしました。

しかし、イヤな予感がして、それは的中しました。発注から到着まで3か月かかると言われたのです。
また今年も腹腔鏡手術は始められないのか・・・と一瞬気が遠くなりました。

腹腔鏡手術開始

しかし考えてみたら、滅菌してくれる施設さえ見つければ、腹腔鏡手術が開始できる状況まで来ていました。大江さんの働きでプノンペンに滅菌外注可能な施設が見つかりました。
カンボジア人スタッフ達も、腹腔鏡練習器(ドライラボ)に使うテレビモニターを集めてくれたり、腹腔鏡手術を行っているプノンペンの病院に看護師が見学に行ったり、腹腔鏡手術に向けての私の拙い勉強会に大勢参加してくれたり、場の盛り上がりをヒシヒシと感じるようになりました。

ジャパンハート メディカルチーム 医師
腹腔鏡が届いた日、業者の説明を受けるスタッフ

ジャパンハート メディカルチーム 医師
腹腔鏡機器の組み立て

ジャパンハート メディカルチーム 医師
腹腔鏡用の足台を作っているファシリティスタッフ

初の腹腔鏡手術を真近に控えた8月某日、思いもしない訃報が飛び込んできました。
今回、腹腔鏡用鉗子をたくさん集めてくれた倉島先生が不慮の事故で急逝したのです。
カンボジアで腹腔鏡手術が始められたら真っ先に報告する約束でした。

思うところはたくさんありましたが、倉島先生の葬儀の日に合わせて、第一回目の腹腔鏡手術(腹腔鏡下胆嚢摘出術)を行いました。
私自身、吊り上げ式の経験はほとんどなく、師匠、倉内先生に一から十まで聞いていましたが、毎回懇切丁寧に教えてくださり本当に助かりました。また、多くのスタッフが諸手を挙げて協力してくれ、苦労はしましたが、何とか無事に手術を終えることが出来ました。

ジャパンハート メディカルチーム 医師
吊り上げ式


初回腹腔鏡手術


初回腹腔鏡手術

しかし、手術が終わって患者さんが退院しても、予想していた感慨や感激はなく、明らかになった多くの課題に、悩みながら一つ一つ対応しているのが実情です。
滅菌が外注であるため、腹腔鏡手術は週に1回しか出来ていませんが、9月末までに計5例を経験しました。今後も改良を重ね、最終的にはカンボジア人スタッフだけで出来るようになればと考えています。

以上、長々とした話に付き合っていただき大変ありがとうございました。
腹腔鏡手術導入は、これまでのジャパンハートの歴史の中では些細な出来事にすぎません。
しかし、私なりに全力を傾けて来ました。
これが、敬愛するカンボジアの人々の未来に少しでもつながるのであれば、こんなにうれしいことはありません。

最後に 
志半ばにして天国へと旅立った倉島先生に深い感謝の意を表し、稿を閉じたいと思います

医師
松永 明宏

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