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地震発災後11日目、熊本県八代市の避難所へ向かった。熊本駅から在来線で集合場所の宇土駅へ。宇土駅より下りは被災により運転見合わせとなっている。車に乗せてもらい目的地へ。のどかな田園風景を見ながら進んでいると、被災地に来ていることを忘れそうになる。しかし、車は道路のひび割れのたびに何度も速度を落とし、通れなくなった道を迂回しながら進んでいると、突然倒壊した家屋が何軒も現れた。道路には倒壊した壁の残骸が広がり、被災地であることを実感する。

夕方、避難所に着くとすぐに施設内を案内してもらった。体育館のような広い場所に、避難者全員分の段ボールベッドとテントが設置されたばかりだ。電気は復旧していたのでエアコンも効いており、奥の舞台横には大きなテレビもある。発災直後より支援に入っているスタッフが避難者の方たちと談笑し、想像とは違う明るい雰囲気が漂う。この時、私はまだ被災地における混乱や困難、日常とは違うなかでの被災者の生活が見えていなかった。その日の夜、報道だけではわからない被災地の現状を知る。

翌日から本格的に看護師として活動開始となった。まずは要配慮者の方をひとりひとり訪問し、体調の変化や服薬の状況、困っていることなどを確認する。高齢者が多く、継続的に内服が必要な疾患を持っている人も多い。近隣の病院は再開し始め、受診は可能となった。お店も少しずつ動き始めた。しかし、そこに行く足がない。すぐそこでも高齢者にとってははるか遠い。タクシーは動いていると情報があるが、確かではない。何より現金を持っていない。誰が被災した道路を運転して連れて行くのか、何かあったらどうするのか、緊急時と違って誰も答えが出せない。

避難所ではさまざまな支援があり生活できているように見えるが、そこにはたくさんの制約がある。少しでも安全に、孤独にならないように他の支援者の協力を得て、高齢者に配慮した環境に整え、テレビをみんなで見られる場所に変えた。仕事や片付けに出かける人を見送り、小さな音しか出せないなかでのラジオ体操、一緒に歌い、高校野球を応援した。人にとって環境の大切さを再認識する。名前と顔がわかるようになり、話しかけると笑顔で返してくれる。その笑顔が、何よりの救いだった。病院という整った環境とは違うが、常に看護師として、今何が必要なのか、この先何が必要になるのか、私にできることは何なのかを考えて行動することはいつもと変わらない。笑顔に救われることも変わらない。

ジャパンハート【災害支援・対策(iER)】被災地で見た笑顔

iERボランティア 看護師 M.N