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「半年、キャリアを止める」選択が私の医師人生に残したもの ―小児科医・久保田先生 インタビュー―
小児科医としての専門研修を終え、次の一歩をどう踏み出すか。
多くの若手医師が、一度は立ち止まるタイミングがあります。
今回お話を伺うのは、ジャパンハートのメディカルチームとして、カンボジアでの活動を終えた小児科医・久保田先生。
2020年に医学部を卒業し、2022年に初期研修を修了。
2024年、小児科専門研修を終えた直後に、彼女は海外での医療活動を選択しました。
なぜそのタイミングだったのか。
短期プログラムを経て、メディカルチームの活動に参加する決断はどのように固まったのか。
そして、半年間の活動を終えたいま、何が自分の中に残っているのか。
本記事では、ジャパンハートMHR(メディカルヒューマンリソース)スタッフがインタビュアーとなり、久保田先生自身の言葉を通して、その思考と迷いのプロセスをたどっていきます。

▶今、何に迷っているのか
―今のキャリアについて、何に迷っていますか?
小児科を続けること自体は、自分の中で決めていることです。
ただ、小児科の中で「何を専門にするのか」、そして「いつ、どんな形で次に動くのか」には、まだ答えが出ていません。
今は集中治療の分野にいますが、このままそこに進むのか。
それとも、またジャパンハートのような途上国医療支援に、次はいつジョインするのか。
選択肢がいくつか見えている分、正直「決めきれていない」という感覚が一番近いです。
― 活動を終えて、キャリアの捉え方に変化はありましたか?
変わったと思います。
というより、「迷ってもいいと思えるようになった」という感覚に近いかもしれません。
私は日本でしか働いたことがなかったので、海外で医師として働くこと自体、現実的に想像できていなかったんです。
でも実際に行ってみて、日本以外の国でも「それなりに、なんとかなる」「役に立てる瞬間がある」と思えた。
日本では少子化が進んでいて、小児科医としての将来像に不安を感じることもあります。
でも海外に行くと、まだ子どもがたくさんいて、確かに求められる場所がある。
その現実を知れたことで、「どこで、どんな形で小児科医として働くか」を、一つに決めなくてもいいんだと思えるようになりました。
▶なぜ、そのタイミングで踏み出したのか
― 海外で働くことを意識したのは、いつ頃からですか?
記憶にあるのは、中学生とか高校生の頃だと思います。
ただ、「絶対に海外に行く」と決めていたわけではありませんでした。
子どもの頃は体があまり強くなかったこともあり、途上国の現場で元気に働く自分の姿は、正直なところ具体的に想像できていなかったんです。
大学や初期研修の頃も、海外で医療に携わることは、どこか現実感のない、遠い世界の話でした。
変化を感じ始めたのは、小児科に進んでからです。
現在の勤務先では、海外での臨床経験を持つドクターが身近にいる環境で働くことができ、周囲にも国際医療の現場で活動する医師が増えていきました。
そうした環境の中で、「海外で働く」という選択肢が、特別なものではなく、少しずつ現実的なものとして捉えられるようになっていったと思います。
そんな中で、はっきりと記憶に残っている出来事があります。
勤務先で行われた、ジャパンハートで長年活動されている嘉数真理子先生の講演会です。
「新しい病院を立ち上げるために、小児科医を募集しています」その言葉が、強く心に残りました。
日本では、おそらく一生経験できないであろう「小児専門病院の立ち上げ」に、医師として関われる可能性がある。
その現実に触れたことで、海外医療が初めて、自分にとって具体的な選択肢として立ち上がってきました。
▶短期プログラムを経て、長期参加を決断する決め手になったものは何でしたか?
メディカルチームに応募するためには、まず短期プログラムに参加する必要がある、という前提はありました。
でも私自身としては、「やってみたい」という気持ちだけで長期に行くのは違うな、と思っていて。
実際に自分が現地で働けるのかどうかは、正直、行ってみないと分からないと思っていました。
なので短期に参加した時点では、「できると思えたら行こう」「環境的に厳しいと感じたら、それはそれでいい」くらいの気持ちでした。
短期で現場に入ってみて感じたのは、思っていたほどハードルが高すぎるわけではない、ということでした。
もちろん生活や環境の違いはありますけど、日本のNPOが運営していて、日本人スタッフや通訳の方もいる。
その中で、「あ、自分でもここでしばらく働けそうだな」と思えたんです。
短期の終わり頃には、長期に行くかどうかについては、もう8割、9割くらいは気持ちが固まっていました。
あとは、日本の職場がどこまで許容してくれるか、という現実的な条件次第だったと思います。

▶長期プログラムの現場で起きていたこと
― メディカルチームとしての半年間で、最も印象に残っていることは?
やっぱり、病院が立ち上がっていく過程ですね。
最初は患者さんも少なくて、「本当に成り立つのかな」と思っていました。
でも今は、患者さんが増えすぎて、こちらが追いつかないくらい。
そのドラマチックな変化を現場で見られたことは、本当にありがたかったです。
― 医師としての成長実感はありましたか?
ありました。
日本でやってきた医療が、そのまま通用するのかを、毎日問い直していました。
「これは本当に正しいのか」
「どうやって現地のドクターに伝えるのか」
英語で論文を調べ直して説明することも多くて、結果的に、自分の知識がより深くなった感覚があります。
― 判断に迷った出来事はありましたか?
日中に私が診て、入院させた生後2か月の赤ちゃんのことです。
その時点では、「この状態なら、私たちの病院で対応できる」と判断して入院にしました。
ただ、その日の夜間に容態が悪化して、結果的に別の病院へ搬送することになりました。
その判断自体は夜間の担当医がしてくれたのですが、振り返ると、「この病院のリソースで、どこまで対応できるのか」という前提条件の見極めを、私が日中の段階で誤っていたんだと思いました。
現地のドクターや看護師にも負担をかけてしまいましたし、患者さんにとっても、もっと良い判断ができたかもしれないという思いが残りました。
それ以来、入院させるかどうか迷うときは、自分ひとりの判断で決めないようにしています。
少しでも不安があれば、現地のドクターや看護師と相談して、「この子は、ここで本当に診られるか」「夜間も含めて、この体制で対応できるか」そうした点を必ず共有するようになりました。
▶これから「選択」を前にする医師へ
― 最後に、これからジャパンハートへの参加や、キャリアの選択を考えている医師へ、伝えたいことはありますか?
正直に言うと、今もすべてがクリアになったわけではないです。
来る前は、「日本でやってきたことが、ここで本当に役に立つのか」「逆に、ここでの経験が、日本に戻ってから意味を持つのか」そういうことは、何度も考えました。
でも実際に来てみて感じたのは、医師として現場に立っている以上、無駄になる経験はほとんどないということです。
環境が変われば、求められる判断も、考え方も変わる。その違いを、自分の身体で経験できたこと自体が、すごく大きかったと思っています。
それから、「ある程度キャリアを積まないと来る意味がない」と思われがちですが、私自身は、専門研修を終えた直後のタイミングでも、やれることは確かにあったと感じています。
年次によって役割は違っても、必要とされる場面は必ずあると思います。
語学や生活面についても、来る前に想像していたほどのハードルはありませんでした。
もちろん簡単ではないですけど、「できない理由」ばかりではなかったです。
もし今、「行ってみたい気持ちはあるけれど、決めきれない」「今のキャリアとの兼ね合いで、踏み出すかどうか悩んでいる」そんな状態にいる医師がいたら、それはごく自然なことだと思います。
私自身も、完璧に見通しが立った状態で来たわけではありません。
ただ、この半年間で得た経験は、この先どこで医師を続けていくとしても、自分の判断や姿勢の拠り所になるものになりました。
すぐに答えを出さなくてもいいと思います。でも、もし「選べるタイミング」が目の前にあるなら、その選択が、あとから自分を支えてくれる可能性について、一度だけ本気で考えてみてもいいんじゃないかなと思います。

▼久保田先生登壇|小児科医向け活動報告&説明会(オンライン開催)▼
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