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私は2025年8月から半年間、長崎県対馬病院で活動しました。離島で医療を行う事の難しさと、人の結びつきの強さを学んだ6カ月でした。
ないからこそ考え、動く ―離島の周産期医療で学んだ半年―
周産期管理については、ハイリスク妊産婦は本土への搬送が基本ではありますが、重症ではないものの、産科合併症や近年の高度生殖医療による妊娠など、ハイリスクと思われる妊産婦を担当する現状もあり、緊急時の対応の厳しさを考えさせられました。

マンパワーで言えば、本土の医療には追い付きません。だからこそ、島で緊急事態が起きた時に、どうすればより迅速に対応できるのかを日々考え、「コードピンク」という超緊急帝王切開時の対応を、産科担当者だけではなく、一般病室担当の看護師・手術室をいち早く稼働するためのHCUスタッフ・外科担当医などが協力して執刀できる体制を常に整え、スタッフが技術を研鑽している姿。また、離島を抱える長崎県全体で主となる高次病院が患者の情報を共有でき、状態変化や緊急の搬送時に速やかに対応する「あじさいネットワーク」といった取り組みも学べたことは、すぐに医療を展開できる本土にはない緊張感をもって研修することができました。

すべての人が生まれてきて良かったと思える医療を提供する、産んで良かったと思える医療のお手伝いをする仕事が私たち助産師だと思います。分娩が少ないからこそ、1人の産婦に付き添い分娩をサポートでき、患者との結びつきもより深いものになりました。命の誕生を病棟全体で喜ぶ姿がとても嬉しかったです。

対馬病院に勤務している先輩助産師は、対馬で出産する人がいる限り、安全に妊産褥期を送ってもらうべく、知識・技術の研鑽を怠らず、人員不足を補うための努力をしています。今後、対馬で分娩を行う事が難しくなる近い将来も見据え、出産を本土で終え戻った後の産後ケアを提供するための準備も開始していました。ないからできないではなく、ないからこそ、どうしたら少しでも患者の力になれるのか、医療者として働く限り考え、動く。
カンボジアでも、ないからできないという状況に直面すると思います。違う面から状況を見て次の行動に移せるように、安心・安全・安楽な医療の原点を常に考えて活動していきたいと思います。

「その先は未知でも、道はつながっている」と信じて活動していきたいと思います。
ないからこそ考え、動く ―離島の周産期医療で学んだ半年―
助産師
立野 恵