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同じ26週、違う結末 ― 救えた命から考えたこと
※「同じ26週、違う結末 ― 看取るという選択と向き合って 」から続く
もう1人の妊婦さんも、翌日に同じく妊娠26週で来院しました。
エコーでの赤ちゃんの推定体重は約1050g、こちらも骨盤位(逆子)でした。
このときも最初、医師や助産師は蘇生の準備をしませんでしたが、推定体重が1000g以上と伝えると、2人の助産師たちが蘇生用にバッグバルブマスクを用意したり、インファントウォーマーを温めるなどの準備を始めてくれました。
医師からは
「早産かつ骨盤位のため、命を救うことが難しいかもしれないが、もし赤ちゃんが泣くことができれば、助けられるかもしれない」と家族へ説明がありました。
私は前日に看取った赤ちゃんのこともあり、設備が整っていないこの環境で赤ちゃんにどこまで蘇生を行うか、ということを判断するのはとても難しいと感じました。できる準備を頭の中で何度もシミュレーションし、妊婦のそばに寄り添って励ましながら分娩に備えました。

赤ちゃんは生まれてすぐには泣かなかったのですが、体についた羊水を拭きとっている途中で、「おぎゃ」と弱く泣き声をあげました。その瞬間、一人の助産師がすぐに動き、速やかにへその緒を切って処置に移りました。
背中をさすり呼吸ができるようにサポートすると徐々に力強く泣くようになり、呼吸状態が安定しました。体重も1200gありました。
しかし、この病院には未熟に生まれた赤ちゃんにフィットするサイズのモニターがなく、体表の色と呼吸状態を頼りに、最小限の酸素投与を行い、NICUのある病院へ搬送することになりました。
いつもは搬送準備に時間がかかりますが、この時ばかりは、医師も助産師も一丸となり素早く動き、出血予防の注射を打って救急車に乗り込みました。
搬送には片道1時間以上かかります。
道は細いところやカーブも多く、補整されていない砂利道もあり、車内はとても揺れて未熟な赤ちゃんへの影響が心配でした。
さらに赤ちゃんを収容するクベースもなく、赤ちゃんを抱っこしたままの搬送です。赤ちゃんの体が冷えないようにエアコンを切り、揺れを少しでも減らすために、自分の体を車の壁に押し付けながら、大汗と車酔いと戦いながら必死に支え続けました。
設備が少しでも整っている病院への搬送は期待が大きい一方で、道中の不安定さや長距離移動など患者さんの負担やリスクの大きさをひしひしと感じました。
到着後、幸いにも赤ちゃんの状態は落ち着いており、すぐに治療が開始されました。
後日、道中や搬送先の病院での赤ちゃんの様子を写真でお母さんに見せると、夫と一緒に喜んでくれました。翻訳機を使いながら、赤ちゃんのためにも母乳ケアを頑張ってほしいこと、生理が止まるなど体調に変化があるときは迷わず病院を受診してほしいこと、1年は避妊してほしいことを説明しました。
一緒に協力して赤ちゃんを搬送してくれた助産師には感謝しかありません。彼女の素早い動きがなければ、この赤ちゃんは助からなかったかもしれません。クロッチュマー病院では英語を話せる人も少なく、そして私のカンボジア語も十分ではない中で、たった2週間の滞在ですが、彼女と信頼関係が築けたことがとても嬉しかった瞬間でもありました。

同じ週数でも、1人は看取り、1人は救命。
その違いは何なのか。
現地の医師や助産師とたくさん話しながら、いくつかの背景が見えてきました。
ひとつは、ポンネルー病院に比べてクロッチュマー病院に来院する妊婦の中には、健康保険を持っておらず国の社会保障を利用できない人たちがとても多いということ。金銭的な理由で医療が届きにくいという場面を改めて感じました。

もうひとつは、妊婦健診が特に農村地域などではまだまだ定着していないということです。2人の妊婦はどちらも1~2週間前くらいに妊娠に気づき、そこからの受診だったとのちほどわかりました。
3つ目は、日本では週数によって流産もしくは早産が決まっていますが、カンボジアでは妊婦健診が定着しておらず、正確な週数がわからないことが多く、エコーの推定体重や生まれてからの判断・対応せざるを得ないということです。
今回のような事例では、 最終月経日や来院時のエコーの推定体重をもとに、啼泣して呼吸状態が安定するならば蘇生する、というあいまいな基準で蘇生や看取を判断している様子でした。生まれてくる赤ちゃんや出産する患者さん、そして病院スタッフに対して、私には何ができるか、「すべての人が生まれてきてよかったと思える世界を実現する」「医療の届かないところに医療を届ける」ということについて、これからも考え続けなければなりません。
カンボジアは現在、目覚ましい発展を遂げている最中ですが、その中で、これからも迷い、葛藤することは続くと思います。
私が大事にしたいことは、自分の考えや日本のやり方を押し付けるのではなく、カンボジアの人たちと一緒に考え、協議し、この環境でより良いものを作り上げていくことです。私自身もカンボジアの人たちから学び、成長した部分はたくさんあります。
外国人で言葉が通じにくい私に対して、カンボジアの病院スタッフも患者さんもコミュニケーションを取ろうとしてくれます。
ここでの毎日と出会いに日々感謝しながら、目の前の患者さんと赤ちゃんが健やかに過ごすことができるよう、残りの滞在期間も全力を尽くしたいと思います。

助産師
近澤美祐
