VOICE
離島医療の現場で学んだ半年間 ― 奄美・瀬戸内での国内活動報告 ―
2025年7月からメディカルチームメンバーの看護師の山田知子です。
カンボジアへの海外活動の前に、半年間の国内活動が終了したのでここまでの活動報告をまとめてみました。
メディカルチームへ応募の理由は、カンボジアに新病院開院とのことでカンボジアの子どもたちのために自分にできることで何か役に立てればとの思いでした。
国内活動は2025年8月~2026年1月まで奄美大島の南部にある瀬戸内徳洲会病院で活動しました。南部での入院施設はここ瀬戸内徳洲会病院のみになっており、地域の人々にとって大切な病院です。
許可病床数60床で急性期から慢性期・リハビリ、お看取りまで対応し、患者層は70才代~90才代がほとんどで100才以上の患者さんもいます。70代はまだまだ若いと言われるほど。瀬戸内町は加計呂麻島、請島、与路島の有人3島も含むためフェリーや海上タクシーで通院する患者さんもいます。医師は常勤医が2名、専攻医は1~2名3か月の応援医師、その他は研修医で1か月~3か月で交代となります。
看護師は地元看護師と、徳洲会グループ内からの応援者や結いの島ナース、ジャパンハート、民間エージェントからの応援看護師で構成され、経験も年齢も出身地も様々。だからこそ応援で来る看護師の受け入れにも慣れており、わからないことは教えてくれます。同じ時期に応援になった仲間と協力し合いながら自分が今まで経験していなかった手技も経験でき、勉強になりました。
必要なことは、(未経験のことは)わからないから一緒にやってほしいと声に出す勇気。もちろん次回からは自分でできるように勉強します。業務内容の中には今まで未経験のこともあり、慣れない形式の電子カルテで初めは大変でしたが、自分のペースをつかんだりスタッフとの信頼関係もできはじめると徐々に気持ちも楽になってきました。
遅番や夜勤のフリーになると夜間の外来対応や救急車対応をする必要があり、成人の救急対応が未経験だった自分にとってとても貴重な経験となりました。当直の臨床検査技師や検査室・事務の職員も協力して救急対応をします。
離島へき地で人員が限られる中、医療関係以外の職員も救急対応の練習(記録係やタイムキーパーなど)をしています。有人島からは唯一の交通手段である船が、夜間救急の場合は救急艇のみになります。疾患や時間の経過によっては助からない場合もあり離島へき地医療の厳しい現実を知りました。
また、研修医が短期間で入れ替わるため、看護師やコメディカルが患者さんのことをよく知っているので医師から患者さんのことを聞かれることも多く、看護師からも退院時期や退院場所など提案する場面も少なくありません。
「○○さん家は玄関までが少し坂になっているから、独居だし、車いすでは帰れんよ。入院して歩行器でも松葉杖でもいいから歩けんようにならんと家には帰れん」
と家族構成や生活環境を知っていることは、地元看護師の強みと感心しました。

地元の強みや良い点だなと感じたことがあります。
一つ目は患者さん同士や患者さんと病院職員が同じ集落や親せき・知り合いであり、家族の存在が近いということです。
日常の話題で花が咲き、笑いが病室に絶えません。患者層が高齢のため入院となる直接の疾患+認知症がつきもので、食事介助が必要な方も多くなります。ほぼ毎日家族さんがきて食事介助をしてくれる患者さんがいたり、何かあるとすぐに様子を見に来てくれたり、家族に連絡をしてくれたりします。廊下では車いす同士で集まり井戸端会議が始まります。お互い「薬を飲んだか?」と確認しあったり、「○○さんが一人で動いちょる」と教えてくます。
二つ目は方言です。
患者さんと話しているうちにイントネーションが近くなったり、お尻のことを「まり」と教えてもらいオムツ交換で「まり上げてくださーい」と言うとお尻を挙げてくれたり。私が北海道からきたと伝えると「はげー!そんな遠いところからありがたいねー」と言ってくださったり。(「はげー」とは奄美の方言で、驚いたり感動したり感嘆詞のようなもの)患者さんと心の距離が近くなり、癒されました。
私の気分転換やストレス解消は、海のアクテビティやドライブ、奄美・沖縄地方の食事です。瀬戸内町は大島海峡を挟んで加計呂麻島が目の前にあり、自分の宿舎もきれいな透き通ったブルーの海が数十秒歩けば見える場所でした。同僚に加計呂麻島でのシュノーケリングに誘ってもらい、ウミガメや熱帯魚観察に行きました。
瀬戸内町は奄美大島中心部から離れており車がないと不便な場所ですが、青い空と海、緑は亜熱帯の植物でザ南の島。自然豊かな場所を延々とドライブしお気に入りの場所を見つけることが楽しみでした。パパイヤの漬物や島バナナ、黒糖はぜひ食べてみてください。また、「ミキ」という乳酸菌発酵飲料は奄美群島・沖縄県の伝統的な飲み物です。製造会社によって味が違うので自分のお気に入りのミキを見つけてみてください。冬はたんかんという柑橘が取れ、とてもおいしいです。
国内活動では仕事に慣れることや患者さんの看護を考えることで日々精いっぱいで業務改善として目に見える成果を出すには至りませんでした。 一方で、自分の患者さんへの向き合い方や日々の姿勢を通して 他の応援スタッフに何かしら伝えることができたと思います。
応援の看護師による出入りが多いからこそ他の病院で実施されている良い点を取り入れ、アレンジして病院や看護の業務改善にできるのではないかと思います。変更するための根拠・情報収集、協力者の確保、周知徹底、実施順序、実施後の評価、再検討、再実施、これらの迅速でこまめな評価の何回ものループが業務改善を進めることにつながると学びました。
離島へき地では独居・超高齢者・老老介護・自宅で過ごしたいという人が多いと感じます。どうしても自宅に戻れず施設になってしまうこともありますが、医療・福祉・コメディカルの情報共有・連携が重要だと感じました。病棟が忙しい中でも退院に向けてカンファレンスを実施しADL向上のためにその人にどのような援助・支援が必要かを日々考え、援助方法をこまめに変えている点も学びになりました。
超高齢患者が多いこと、中心地に比べ治療環境(設備や薬剤、専門医の有無)の限界があることで、治療よりも自然にその人らしく生きてもらうことに重きをおくことや転院・搬送をする現実がありました。その土地の環境・生活・人口構成・習慣・特性・考え方や医療環境を把握することの大切さ、それらを踏まえた医療活動の継続やそこからどのように進化させ未来につなげていくかを考え続け実現に向けて活動していくかが学びであり、カンボジアなど海外活動でどのように看護・医療・保健・福祉、病院運営を実践していくか自分の実行力と姿勢が問われると考えます。

看護師
山田知子
