活動レポート

ジャパンハートはアジア3カ国と、大規模災害などで無償で医療支援をしています。

カンボジア

2018.12.12

『しあわせの在り処』 カンボジア中期ボランティア医師 古賀 翔馬

カンボジア滞在の2ヶ月間、何度”幸せ”を感じたことだろう。

寮でカンボジア人日本人皆で食事を摂る時。
道ですれ違った初対面のカンボジア人がニコッと笑って挨拶を返してくれる時。
病室の患者さんに毎日食事を届けてくれる家族を目にした時。
これまで医療を受けることができなかった患者さんや家族が笑顔で退院していく時。

ここでは限りなく日常である。ただこの限りない日常の”幸せ”は、日本では当たり前とは限らない。
カンボジアでの日々は、誰もが日本でもがき続けながら手に入れようと欲している”なにか”が、実はすぐそこにあることをふとした拍子に気付かせてくれるのである。

国際医療ボランティア ジャパンハート カンボジア 医師

「ほんとうのさいわい(幸い)は一体なんだろう」
宮沢賢治の描く『銀河鉄道の夜』の中で、ジョバンニはまるで自分自身に確認するかのように何度もこう問いかける。

お金があれば”さいわい”なのか。
長生きすることができれば”さいわい”なのか。

否。
それだけではないという事に社会は気づき始め、そして価値観は移り始めている。
システム化が進む社会では失われつつある、けれど人として根っ子にある”なにか”を探し求め始めている。
その答えの一つは”人と人とのつながり”であるかのように思う。

では”人と人とのつながり”があれば、それだけで人は幸せと言えるのだろうか。
「言える」と思っていた。けれど必ずしもそうではないという現実をカンボジアで目にした。感じたことを記しておきたいと思う。

国際医療ボランティア ジャパンハート カンボジア 医師

日曜日の比較的落ち着いている外来を診ていた時に彼女はやってきた。20代女性。明らかにぐたっとしている様子で車椅子に乗せられており、顔は白く、そして浮腫んでいる。心配そうな面持ちの姉妹と母親に車椅子を押されてやってきた。
待合の患者に「ソームチャンティッ(ちょっと待っててくださいね)」と伝え、診察室に入れ、バイタルサインを触診で取りながら問診を始める。脈は弱く触れ、手足は冷たい。ショック状態であることが予想される。一刻も早く治療を開始しなければ生命に関わる状態かもしれない。通訳を介して問診を進める。
(中略)
結論としては、ある膠原病のため数年前よりステロイドの治療を続けていたのだが、今回は何らかの原因で腹の中に大量の出血か腹水が溜まっているということが判明した。
しかし少なくとも今ここではこれ以上の検査も、既に始めていた輸液以上の治療もできないため、すぐにプノンペン市内にある婦人科・外科を備えた病院に救急車で搬送しなければならない。血圧は既に下がってきており猶予はない。家族にその旨を伝えたが、返ってきた答えに何とも言えない思いをすることになる。

「お金がないので、他の病院には行けません。この子を他の病院に連れていくと残りの家族全員が生活できなくなるので、連れて帰ります。」

一瞬ことばに詰まる。
命の危険があること、すぐに搬送しなければ手遅れになる可能性があることを繰り返し、繰り返し説明するも、「お金がないから他の病院では入院も治療もできない」と向こうも涙ながらに繰り返す。ちなみに救急車は日本のように無料ではない。1回30ドルかかる。平均月収が150ドルであることを考えると、日本に置き換えると3-4万かかることになる。そして彼女は”poor card”を持つほど経済的に困窮している家庭である。(poor cardとは、収入や生活状況の審査の上、経済的に困窮していると認められた場合に、治療費や救急車代が無料となるシステムのカード)
最終的には、救急車を呼び、プノンペンの病院に搬送することを家族は決意することになったのだが、彼女とその家族の背景に想像を馳せると複雑な思いになる。乳飲み子を抱える大家族。これまでの数年間の治療費も嵩んでいることは想像に難くなく、おそらく今回の彼女の治療費で生活はさらに苦しくなるだろう。
何とも言えない感情と、自身の無力さへの悔しさが残った。

国際医療ボランティア ジャパンハート カンボジア 医師

“しあわせ”の在り処。
冒頭でカンボジアで感じた幸せについて書いたが、それと同じくらい「救えるはずの生命が救われる」という日本では当たり前の環境の”幸せ”を実感した。

ジャパンハートの運営するAAMCでは、診察料、検査代、治療代はすべて日本からの寄付でまかなわれるため、これまで貧困のために治療を受けることができなかった沢山の人の生命が救われている。カンボジアでは必ずしも当たり前ではない”幸せ”に向かって、カンボジア人日本人ともに一丸となって働く環境にいたからこそ、そしてその中で幸せが生まれていたからこそ、自身もさいわいを感じていたのかもしれない。改めて素敵な環境で働いていたのだなと実感する。

大切なことに気付かせてくれたカンボジアでの生活もひとまずは区切りである。あまりにも濃密な2ヶ月間であった。
再び日本に戻り、これから葛藤の毎日を送ることになるであろう。
人を“幸せ”にする医者であり続けるために、よりたくさんの”幸せ”を提供するために。今回感じた悔しさを2度と感じないために。
研鑽を積んだ後に再びここに戻ってくることを心に誓いつつ、段々と遠くなりゆくカンボジアの大地を後にする。

国際医療ボランティア ジャパンハート カンボジア 医師